石巻市の古本屋 ゆずりは書房

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石巻市渡波にあった水産会社「丹野水産」について

石巻市渡波地区にある水産加工業者で現在一番有名な所と言えば、おそらく末永海産なのではないかと思う。この会社は令和2年に内閣総理大臣賞を受賞している。私の実家と同じ町内にある。

 

しかし昭和の終わり頃だと、この町内で最も知られていた水産会社は「丹野水産」ではないだろうか。

 

かつて工場と社長の家があった場所は今では宅地になっていて、名残は何もない。丹野水産は平成3年に倒産したからである。当時地元で結構な騒ぎになった記憶がある。会社の敷地には、なぜかドアが3つある車が何台も停まっていた。

 

今になって丹野水産のことを調べてみようと思っても、ほとんど何も情報が出て来ない。社史でも残っていない限り、こうした出来事は全てが風に流れ、何もかも分からなくなってしまう。だから石巻の市史でも産業に関する記録が一番弱いと聞く。

 

丹野水産のことが少しだけ書かれている本を見つけた。中村直人著「幻想の魚市場」である。中村氏は大学卒業後、東京で水産会社をいくつか渡り歩いておられたらしい。

 

私は一応水産業の町と呼ばれている所に住んでいるが、水産業とのつながりは何もなく、業界のことはほとんど何も知らない。ついでに言うと、魚介類も普段あまり食べない。

 

この本は業界人であれば興味深く読めるのであろうが、前提知識がない私にとっては少し読みにくかった。

 

丹野水産の社長(存命かも知れないので名は控える)は大手スーパーマーケットとの取引を積極的に行っていたらしい。これは今では特別のこととも思えないが、1970年代までは大手スーパーであっても魚市場から直接仕入れるのが普通で、メーカーや商社と取引することはなかったらしい。現在でも中小のスーパーは市場から直接仕入れるそうで、私の地元にもそんな店がいくつかあるのではないかと思える。

 

80年代の丹野社長は時代の流れに乗り、果敢に営業攻勢をかけていたようである。

 

丹野水産の主力商品は「赤魚」だった。この魚は名前はよく目にするが正体が知られていない魚の一つとして知られている。太平洋のものをアラスカメヌケ、大西洋のものをタイセイヨウアカウオと呼ぶらしい。そして1980年代始め頃までは太平洋物のアラスカメヌケの方が主流だったそうである。これはスーパーで赤魚粕漬の原材料として使われた。

 

太平洋物の身には黒い点や模様が浮かんでいる。これが嫌われるようになり、1980年代から黒味がない大西洋物の赤魚がスーパーマーケット用に流通されるようになった。

 

大西洋では日本の漁船は操業できない。外国船が大西洋で獲った赤魚は冷凍状態になりそのまま日本の市場まで運ばれて来る。輸入品ではあるが取引は入札である。丹野社長は、石巻の市場に運ばれてきた冷凍魚を高値で買い続けていたという。赤魚がよその港に入るのを防いで石巻で独占していたのだから、経済的な恩恵はかなりのものだったろう。

 

日本産の赤魚に比べ、大西洋産のものは資源量が豊富であることが分かっていた。そのため大西洋赤魚は当時水産業界の花形だったらしい。

 

冷凍魚であっても時間が経てば鮮度が落ちる。具体的には「色飛び」といって、徐々に色が薄くなる現象が起こるそうである。

 

とは言え、欠品を起こすと販売機会損失を招くばかりか、そのままスーパーとの取引が終わってしまうことにもなりかねない。だからある程度余分に冷凍魚の在庫をキープする必要があった。その量半年から1年分だというからかなりの在庫だろう。

 

ここでまた時代の流れが変わった。色の悪い大西洋物が増えたからだろうか、スーパーがまた太平洋物の赤魚を扱うようになったのである。

 

大量の冷凍魚を抱えた丹野水産は不渡りを出して倒産した。その日、漁船組合で事務員をしていた私の母は夜遅くまで帰って来なかった。

 

丹野水産の倒産は地元だけでなく、日本の水産業界全体で騒ぎになったらしい。大量の冷凍魚が残されたままである。相場に影響を与えることが懸念された。(結局相場の混乱は起きなかったようであるが、では大量の冷凍魚は一体どこへ消えたんだろう?)

 

丹野社長の起業人生は、時代の流れとともに舞い上がり時代の流れともに散って行った。昭和後期の渡波の記録として、ここに丹野水産のことを書き留めておきたい。

 

渡波という町は住宅と水産加工場が混在している。丹野水産があった場所もそうであった。おそらく新興住宅地だと規制がかかるだろうが、昔からこういう場所だから今さらということになってしまう。

 

私の家の隣も水産加工場である。牡蠣の加工がメインのようだが時々ホヤを捌いていることもあって、庭までその臭いがやって来る。これはホヤが苦手ではないはずの私でもちょっと我慢できない臭いである。こんなリアルがあると、それだけで地元の水産業を応援しようという気にはあんまりなれなかったりする。ま、こんなことを書く石巻人はあまりいないだろうな。